ダックスフンドの歴史

地中から始まり、日本へと続く、“本物”の物語。

ダックスフンドは、ただかわいいだけのペットではありません。数百年にわたる狩猟犬としての機能美と、選び抜かれた血統の重みを宿した、誇り高き犬種です。その遥かなる歩みの先に、私たちが今ここに迎える一頭一頭がいます。

1. 古代エジプトに描かれた原型

ダックスフンドの原型とされる最も古い記録は、今からおよそ3500年前の古代エジプト新王国時代に遡ります。トトメス3世の墓に描かれた壁画には、胴長短足の犬の姿が残されており、「tekal」や「tekar」と読める文字も刻まれています。これは、現在ドイツで使われている「Teckel(テッケル)」の語源かもしれないとも言われています。あくまで仮説の域ですが、そうした太古の時代から、今のダックスに通じる姿が存在していたのだとすれば、想像するだけで胸が躍ります。

2. 中世ヨーロッパにおける誕生と発展

ダックスフンドが明確に記録に現れるのは、12世紀ごろのヨーロッパです。スイスのジェラ・ハウンドを基礎に、ドイツやオーストリアの山岳地帯にいた中型ピンシェルと交配することで、スムースヘアード・ダックスフンドの祖先が誕生しました。

当時は現在よりもずっと大きく、体重10〜20kgとされる個体も珍しくありませんでした。その後も、被毛や機能に応じた交配が進み、以下の被毛タイプが確立されていきました。これらは、その後の犬種固定の基礎となります。

  • ロングヘアード:15世紀、スパニエル系との交配
  • ワイヤーヘアード:17世紀、テリアやシュナウザーとの交配

各地の地形・気候に合わせた繁殖が行われていたため、当時は“ダックスフンド”といっても姿やサイズにはばらつきがありました。

3. ブリードの安定とサイズ分化(19世紀〜)

19世紀に入ると、アナグマだけでなく、ウサギなどの小動物にも対応できるよう、より小型のダックスフンドが求められるようになりました。この流れから、たまたま生まれた小型の個体や、ピンシャー・テリアとの交配で、ミニチュアサイズ、さらにはカニンヘンサイズのダックスが生まれていきます。

しかしこの時期はまだ、安定した犬質の確立には至らず、サイズは小さくてもダックスらしさを欠く個体も少なくありませんでした。

4. 犬種標準の確立と「テッケルクラブ」の設立

1888年、ドイツにおいて世界初のダックスフンド専門クラブ「Deutscher Teckel Klub」が設立されます。これは、犬種としてのダックスフンドの姿が固定化される上で非常に重要な転換点でした。

1910年には、被毛タイプごとに交配犬種を明確に定めた厳格なブリードスタンダードが設定されます。

  • スムース:ミニチュア・ピンシャー
  • ロング:パピヨン
  • ワイヤー:ミニチュア・シュナウザー

この頃からようやく、“本物のダックスフンド”の姿が固定化され、今日のドイツ系ダックスへと繋がっていきます。


日本におけるカニンヘンダックスの歴史

5. ミニチュアダックスの普及と基礎血統

日本では、カニンヘンダックスよりも先にミニチュアダックスが定着していました。1980年代から1990年代にかけて、アメリカから輸入されたダックスが基礎となり、続いてイギリス、オーストラリアの犬たちも多数導入されます。

90年代後半からは空前のダックスブームが巻き起こり、登録数は年間10万頭を超えるほどに。この頃の“ミニチュア”には、アメリカ・イギリス・オーストラリアの血が多く流れており、日本人にとって「ダックスフンド」と言えば、この系統を指すのが一般的になっていきます。

6. カニンヘンダックスの登場と混乱

1995年、日本に初めてドイツのカニンヘンダックスが輸入され、徐々に登録数が増えていきました。しかし当初は、カニンヘンというサイズ区分や犬質への理解が乏しく、長い混乱期が続きます。

  • ミニチュアとの明確な違いが理解されにくい
  • 登録やショー評価の基準が曖昧
  • 小型化優先で、ダックスとしての本質を欠く個体も多数

ドッグショーに出ても、見かけるカニンヘンはアメリカ系やイギリス系がほとんどで、純ドイツ系カニンヘンはごく少数でした。見た目の違いや犬質の違いが評価されにくく、ドイツのカニンヘンをショーで通すことが難しい時代が続いたのです。

7. 多様化した血統と、真の“本物”への道

現在、日本にいるカニンヘンダックスは実に多様な背景を持っています。

  • ドイツ純血
  • ドイツ系(他系統にドイツをかけた犬)
  • イギリス純血・イギリス系
  • アメリカ純血・アメリカ系
  • それらを複合したミックス血統

その多様性は日本独自のものであり、良くも悪くも“カニンヘン”という言葉の意味が曖昧化してしまった背景とも言えるでしょう。

それでも、今日では各地のブリーダーたちの努力によって、ドイツ本来のダックスフンド──その美しさ、機能性、精神性を受け継いだ犬たちが少しずつ評価されるようになっています。


終わりに

ダックスフンドは、単なる可愛いペットではありません。数百年にわたる猟犬としての機能美と、選び抜かれた血統の重みを宿した、誇り高き犬種です。そしてその歩みの先に、私たちが今ここに迎える一頭一頭がいます。

遥かなる歴史を受け継ぎ、次の世代へ。
本物のダックスフンドとは──それは「見た瞬間に、空気で伝わる」存在なのです。