②-5【夜を越えて】24時間体制の見守りと信頼

命の灯を消さないために──夜をともに過ごすということ


導入

夜が訪れると、犬舎は一日の静けさに包まれます。
けれど、すべての灯りが消えるわけではありません。

生まれて間もない子犬たちが過ごす育児部屋だけは、
柔らかな灯りが、静かに命を照らし続けています。

母犬のわずかな動き、呼吸、体温――
そのすべてを感じ取るために、夜の見守りは続きます。
それは作業ではなく、命と時間を共有する行為です。


理念・考え方

命を扱う仕事に、時間の区切りはありません。
昼も夜も、命は同じリズムで流れ続けます。

ブリーダーにとって、夜は“確認”ではなく“対話”の時間です。
犬たちの様子をただ見るのではなく、
空気の流れや温度、母犬の表情を通して、
「いま、何を感じているか」を読み取る。

その静かな観察の積み重ねが、
命を守る“感覚”を育ててくれます。


実践内容

  • 見守り体制
     母犬の出産から数日間は、私(亀川正敏)が直接夜間の見守りを担当します。
     温度・湿度・母犬の呼吸・授乳のリズムを、
     身体の感覚で確かめながら、一晩を共に過ごします。
     「見る」よりも、「感じる」。
     経験から得た直感と冷静な観察の両方を大切にしています。
  • 環境管理
     夜間は静寂を保ちながらも、育児部屋の灯りは絶やしません。
     その灯りは、母犬にとって安心のサインであり、
     人にとっては変化を見逃さないための大切な光です。
     温度・湿度・空気の流れを微調整し、
     “犬たちが眠れる空気”を保ちます。
  • 母犬と子犬の観察
     母犬が穏やかであれば、子犬も穏やかです。
     見るだけで伝わることの多い時間の中で、
     無理に介入することはありません。
     静かに寄り添うことで、犬たちの本能と安心感を尊重します。
  • 緊急時への備え
     万が一の体調変化に備え、獣医師と常に連絡を取れる体制を確保。
     夜中でも必要があれば即座に対応します。
     “夜だからできない”ことを作らない。
     それが、命を扱う現場の責任です。

シルトクレーテの基準と哲学

1. 「夜は命の呼吸が聞こえる時間」
 静けさの中でこそ、犬たちの小さな変化に気づける。
 夜は、感覚を研ぎ澄ます時間です。

2. 「見守りとは、存在を伝えること」
 声をかけなくても、犬は人の気配で安心します。
 信頼は、沈黙の中でも伝わります。

3. 「触れないという選択」
 触れることが愛情ではなく、
 触れずに見守ることもまた、深い信頼の形です。

4. 「灯りの意味」
 消さない灯りは、母犬にとっての安心の象徴。
 命を照らし、人の意志を示す“光の哲学”です。

5. 「人の落ち着きが犬の安心をつくる」
 犬の不安は人の心に敏感に反応します。
 落ち着いた空気こそが、最良のケアです。


トラストブリーディングの視点

トラストブリーディングにおける「夜の見守り」は、
ただの労働ではなく、命と共に生きる時間です。

母犬を信じ、犬たちの本能を信じる。
そして、その信頼の中で人ができることを静かに果たす。

この時間を積み重ねることで、
「命を扱う覚悟」は“習慣”へと変わっていきます。
夜を越えるたびに、犬たちへの理解が深まり、
その信頼が次の命へと受け継がれていくのです。


まとめ

夜を越えるということは、
“命を見張る”ことではなく、“命を感じ取る”こと。

母犬の体温、子犬の呼吸、空気の湿り気――
そのすべてを五感で受け止めながら、
人は静かに、命と共に時を過ごす。

この沈黙の時間にこそ、
ブリーディングの本質が宿っています。

それが、トラストブリーディングにおける
「夜を越えて」──命と共に生きるという姿勢です。